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海上の森・夢見る山から愛・地球博 |
| 1970年の大阪万博は、丹下健三や磯崎新や岡本太郎が関わり、今もおりにふれ語られる。 そのとき大阪に行かなかったのをちょっと後悔する思いがあって、愛知の万博には、開会前に割引価格の前売券を買った。 いざ行こうとすると、人混みとか、行列とか、とても苦手なのを思い出して、気持ちが少しひいてしまったのだが、前売券を買ってしまった効果で、行かざるをえなくなり、梅雨前、夏休み前に行ってしまおうとでかけた。
感想のいくつか: ・ 「海上の森」砂防池は、人工景観だが、上高地の大正池にそっくり。崩れやすい地質で、砂防工事で維持されていた。 ・ 超人気の企業パビリオンには入れなかったが、カナダ館、クロアチア館の洗練された映像(の見せ方)に、ワクワクした。 ・ 環境に配慮した展覧会ではあったが、そうまでして国際博覧会を開催する意義があるものか、わからなかった。 ・ 人気のパビリオンに入場するにはどうすればいいか、といった情報交換がさかんで、博覧会のシステムとあわせて、見えないところでITが影の主役になっている。 ・ いかにも「万国博覧会」らしい、異国の珍しいモノとしての存在感があったのは、イタリア館の『踊るサテュロス』だけだった。 ・ あわせて寄り道したなかでは、3月に開館したばかりの瀬戸蔵ミュージアムの、静かだがよくできた展示のしかけがすてきだった。 曲線的な豊田大橋・豊田スタジアム(黒川紀章)と、直線的な豊田市美術館(谷口吉生)の対比もおもしろかった。 *実際の行程はおよそ次のようでした。 2005/6/12(日) 東京−名古屋−豊田市 豊田大橋 豊田スタジアム 豊田市美術館 愛知県陶磁資料館 海上の森 瀬戸蔵ミュージアム (瀬戸市泊) 2005/6/13(月) 愛・地球博 (名古屋市内泊) 2005/6/14(火) 名古屋−犬山市 尾張本宮山・信貴山 博物館明治村 名古屋市街 名古屋−東京 |
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