10月第5週 最上川を眺めて銀山川で温泉に入る
2005年に文化庁の「わたしの旅」という企画で特別賞を受け、赤坂プリンスホテルで表彰式があったとき、賞状を銀山温泉の宿、藤屋の女将、藤ジニーさんからいただいた。
その藤屋は2006年の秋に隈研吾の設計で建物を新しくした。
「わたしの旅」の僕の案は、高崎の実業家、井上房一郎の足跡をたどるものだったが、隈研吾はその井上工業の仕事で、殉職した社員のための慰霊施設を設計している。
また井上房一郎が支援したブルーノ・タウトとも縁が深い人でもあり、子どものころ、タウトが考案したガラスの積み木を父からもらったのが最初の建築的経験と語り、またタウトが日本に残したほとんど唯一の実作、熱海の日向邸の隣接地に設計を依頼されてもいた。
いろんなつながりがあって、ぜひ藤屋に行きたいと思っていたのだが、この秋の紅葉の季節をめざして、ようやく妻と出かけることにした。
■ 最上川ふるさと総合公園
寒河江市大字寒河江字山西甲1269 tel. 0237-83-5195
http://www.yama-kan.com/m-furusato.park/
山形に行ったら、最上川を見なくては!
最初に行ったのがこの公園で、東北自動車道酒田線を行って寒河江(さがえ)サービスエリアを出ると、するするっとこの公園に入っていく。サービスエリアと公園が一体になって、寒河江ハイウエイオアシスと名づけられている。
ゆるやかな起伏のある土地が、ゆったりとした公園になっていて、北のへりが最上川に面している。
| 昨日までの雨のためか水は泥色に濁っている。水量もふだんより多いのかもしれない。 五月雨をあつめてはやし最上川 の、芭蕉の句のとおりの迫力がある。 |
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斎藤茂吉は、1946年から47年にかけて大石田に疎開していたが、その時期の歌集『白き山』にはいくつも最上川の歌がある。
濁水に浮び来りて速し速しこの大き河にしたがへるもの
荒川が東京湾に注ぐあたりでは流れがゆったりして、河口では海と川とがあいまいに溶けてしまっているが、最上川の急流は海に押し出すように流れこんでいるだろうか。
河口の酒田の町もおもしろそうな所だし、いつか最上川河口を見に行きたいと思う。
もう一首、気に入った(気になった)歌。
中ぞらにのぼれる月のさゆるころ最上川にむかふわれひとり
この月の下を流れているのは、やはり急流だろうか。それともこのときは静かに流れていたろうか。
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円形の池に面して、半月の形のセンターハウスがある。ガラスの温室のようななかで、コーヒーを飲んだ。 設計は内藤廣で、細い支柱を組み合わせて、かなり大きな空間なのに、全体がテントのような軽快な印象になっている。 |
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■ 山寺
山形に行ったら山寺!
有名なところなのに、僕は初めて。(妻は3度目...)
門前市がにぎやかで、狭い駐車場にも観光バスが入りこみ、人がたくさん歩いている。
昼になって、蕎麦屋に入って、やはり山形名物という芋煮にそばがついているのを注文した。
芋煮は、芋が中心で、あと何かが加わっているのかと思ったら、予想と違って、すきやきに芋が入っているような、芋の割合が少ないものだった。
そばもしっかりした噛みごたえがあってよかったが、それにしても観光地価格というのか、僕が思う適正水準より30%くらい高い。
山寺には、岩山の急な階段を上がる。上の堂から見下ろすと、谷筋に集落が伸び、すぐ下には駅と街がある。
そそり立つ感覚がいい。
■ 銀鉱洞
銀山温泉に向かう道は、田畑のなかにポツポツと人家がある、ふつうの田園地帯で、ずいぶん近づいても温泉街がありそうな予感がない。
ところが道がどんづまりになるふうで、いきなり狭いところに入りこんだ感じになると、わずかの空き空間は駐車場になり、人がぞろぞろ歩いている。
車を駐車場に置き、藤屋にいったん入ってから、銀山川の紅葉を眺めながら流れをさかのぼり、銀の採掘跡を見に行った。
観光用鍾乳洞のような構えの入口から中に入って、階段を地中に降りていく。
コウモリが飛ぶ。
発破をかけたり、ツルハシをふるったりするのではなく、木炭などを燃して、温度差で銀を分離採取していたのだという。えぐれた大穴に墨色の燃え跡が大胆な抽象美術のように残っていて、火薬をつかうアーティスト、蔡國強の作品を見るようだった。
■ 銀山温泉共同浴場「しろがね湯」
藤屋に先だって隈研吾さんが設計した共同浴場で、このときのつながりから藤屋が改築を計画したときに、隈研吾さんに依頼することになった。
銀山川の両側とも、限られた土地には建物が建てられるような余地はもうなくて、辛うじて旅館街のはずれ、平らな土地が川と崖に挟まれてすぼまっていく最後の端の狭い土地に建つことになった。
ニューヨークに、やはり敷地の制約で先端がアイロンの先のように尖ったアイアン・フラット・ビル(写真・右)というのがあるが、ここはアイアン・フラット・温泉になった。
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銀鉱洞への散歩から帰ってから行ったので、夕方5時の営業終了間近だった。
1階と2階に風呂があって、日替わりに男女が入れ替わり、今日は男は1階の日。
狭いのだが天井が高い。ねずみ色の壁に囲まれていて、納屋の底で風呂に入っているかのようだ。
短時間に軽く暖まっただけであがって、受付の人に建築を見に来たと話すと、ああ、ここは有名な建築家が建てたんだよ、もう他に客がないから2階の風呂も見ていっていいよといわれて、遅く来たのがかえってよかった。
2階は、天井が低いがガラス張りで、前の銀山川を見下ろして眺めがいい。
上と下で、開と閉に、ずいぶん対照的に作っている。
■ 旅館藤屋
山形県尾花沢市新畑443 tel.0237-28-2141
http://www.fujiya-ginzan.com/index_from.php
構造や設備のことは別として、目に見えるところは竹と和紙と石でできている印象を受ける。それも、できるだけ素に近い材料として現れていて、装飾的なものは加えられていない。それが間接照明を受けて、すっきりとした空間を作っている。
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来る前に建築誌でここの写真を見たときには、直線ばかりが目立って、硬く、窮屈ではないかと危惧していたのだが、その場に入ってみると、そんなことはなくて、柔らかだった。 |
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部屋は、3部構成。
まず洗面台やトイレのある板の間がある。洗面台は広くて、上に鏡を吊ってあって、壁面から浮いている。その裏側にトイレがある。
2の間は、板に薄い畳を敷いてある。居間兼寝室であり、食事もここでする。
天井には、元の建物の黒ずんだ梁が剥きだしにあらわれている。崖と道・川に挟まれた狭い土地なので、建築条件が厳しく、新築にすると従来の大きさを確保できないので、改築にしたという。天井の小屋組みが改築の証拠のようなものだが、それにはたぶん新築よりも手間もかかり、経費もかかっている。
3の間は、表の通り・銀山川に面した板の間で、2の間との仕切りは和紙のふすまで、吊ってあってスライド式に動く。ガラスの外側に木の桟の日よけがある。
細い川を挟んで向こう側にも同じ高さの宿があり、向かいの部屋の客の顔、様子が見える。
館内全体に徹底して文字の表示がない。
そもそもフロントなんてものがなくて、宿の人が部屋に案内してくれる。
1階、2階という階表示がないし、室名すら、文字でも数字でも表示してない。(廊下に沿ってズラリと部屋が並んでいるのではなくて、位置も違えば、ドアの向きも違うから、僕のようなうかつな者でも、迷うことはなかった。)
エレベータ内はとても暗く、数字のボタンがあるだけで、館内のご案内なんかなし。
部屋の中でも、ひとりでに目に入ってくる文字情報はいっさいない。部屋の机に小さなファイルがあって、館内の案内、酒類の種類と値段(これもとても簡素)がまとめてある。
畳の間に休んでいると、紙の壁、紙のふすまに囲まれることになる。芝居のセットの中にいるような気分がしてきた。人工的な仮の空間にポツンといる感じ。見上げるとごつごつした梁が組み合わさっているが、民家的懐かしい雰囲気が醸されるより、むしろいっそう非現実的感覚が強まる。
独特で、ほかにない、忘れがたい空間に過ごす経験をした、と感じていたのだが、妻は、部屋の中は「うちにいるみたい」という。いわれてみれば、なるほどそうかと思った。
僕らの住まいは、難波和彦さんの設計の「箱の家」(写真・右)で、やはりほとんど材料がむきだしになっている。この宿のように特注の和紙なんかではなく、建築費を抑えるために、あれこれの材料を使わずにほとんどシナベニアばかり。
壁紙とか絨毯とかがないし、縦のブラインドを吊してあって、カーテンがない。それで、曲線的なもの、不定形なもの、ふわふわしたものがない。
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夕食はたっぷり味わった。
「尾花沢産西瓜酒」リチャード・ブローティガンの『西瓜糖の日々』を読んで以来、スイカの何かというと、つい反応してしまう。
「無花果(いちじく)衣揚げヨーグルト絹酢掛け」イチジクを揚げたのなんて初めてだったが、「ヨーグルト絹酢掛け」と絶妙に絡んでおいしかった。
「東北沿岸海の幸盛り」牡蠣やら鮑やら豪華。初夏にNHKの番組のロケで泊まった伊勢の宿の、海の幸の豪華な盛り合わせを思い出した。
ほかに、きのこの土瓶蒸しやら、鮭の紅葉焼きやら、尾花沢牛刺しやらもあり、今年は僕には不相応にずいぶん贅沢なものを口にしている。
料理長が手書きしたのをコピーした「錦秋献立」を渡されていた。
「お品書きにはずいぶん並んでるけど、少しずつだから、きっとああこんなもんだったかって感じで、すんじゃうよね」なんて初めは言ってたのだが、終わりのほうは、ほとんどもういいよ状態だった。
最後に「舞茸飯にぎり 地産野菜漬け」があるのだが、これはお櫃に三角のおむすびと漬物が入っていて、あとでも食べられるようにしてあった。
風呂に入ったりしたあと、ちょっと小腹がすいてからおいしく食べた。心配りもさすがだった。
食事のあいだに、女将のジニーさんがあいさつに来られた。
新しい表情をもった宿は、今はなじんできたが、改築した当初は通りで目立ってしまってとまどったという。
隈研吾さんが書いた文章では、あれこれ難しいことはあっても、前の宿のいいところを残すことについて、ジニーさんの考え方がぶれなかった、強い信念をもっていた、と敬意をもって書いていた。そのジニーさんが完成後にとまどったと言われるのは意外だったが、保存についてはそうでも、造形については、また別だったかと思う。
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でも銀山温泉では強い表情のある旅館が並んでいて、藤屋はむしろ簡素でおとなしい顔をしている。
| アドルフ・ロース(1870 - 1933)が代表作ロースハウスを設計したのは1910年。今ではとりたてて尖ったところがない控えめなデザインに見えるが、ウィーンの王宮前の歴史的建造物が並ぶ一角に現れたときは、まるで裸のようだと非難された。 | ![]() |
またついでにいえば、僕の家も、「こんな家を建てた!」と自己主張するようなのは嫌なので、体育館か倉庫みたいな大枠だけ作っておいて、あとは仮に住居に使ってます、みたいのがいいと考えていた。
難波和彦さんの「箱の家」のコンセプトとピッタリあって、そのようにできあがり、ひっそりと暮らそうと思っていたのだが、うかつだった。それがかえって目立ってしまって、当初は前の川沿いに散歩する人たちがウッ!という様子で立ち止まり、怪訝そうな顔をしていたものだった。
藤屋でも、今はなじんできているという。
でも内部の様子、サービスのしかたなど、面食らう人もいるかもしれない。僕などはそれを目当てにしてきたので、ありきたりだったらがっかりするくらいのもの。
でも銀山温泉で泊まる宿を探して、たまたま藤屋を選んでしまっただけで、ふつうの温泉旅館を予想してきたとすると、驚くのではないだろうか。
逆に僕の場合、驚くという新鮮さは味わえなかったのは惜しい。
風呂は小さいのが4つあって、石の風呂、竹の風呂、露天風呂など、それぞれに特徴がある。朝までにほとんど入った。なかでも竹の風呂が、竹の風情、外からの空気が流れてくる開放感など、快かった。
ふとんは白い、軽い、さらさらした布地で、清潔な印象で、寝心地もよかった。
朝食もしっかり、たっぷり、ゆったりと食べて、おいしかった。
■ 天童木工
山形県天童市乱川1-3-10 tel.023-653-3121
http://www.tendo-mokko.co.jp/index.php
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旅の2日目。車で寄り道しながら南下する。 木のデザイン家具の制作者としてよく目にするが、ショールームもあるというので寄ってみた。 トンカンと音がして木屑が舞い、職人さんが体を動かしている制作現場−みたいのを予想していたのだが、広い敷地に日本庭園もある、大きな会社なのだった。 ショールームには世界の椅子の名作も並んでいた。 高級自動車のハンドルなんかも作っているのだった。 |
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| ■ 朝日新聞山形ビル (朝日新聞山形総局) 山形県山形市六日町7-10 tel.023-622-4868 山形市内を通ったときにこのビルに寄った。 妹島和世建築設計事務所設計で2002年に竣工している。 写真は上の隅だが、全体がこのままツルンとしている。 |
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■ 斎藤茂吉記念館
山形県上山市北町字弁天1421 tel.023-672-4358
http://www.mokichi.or.jp/index.htm
駐車場から歩いて行くと跨線橋を渡る。右に鉄道の駅が見えるので、「もしかして茂吉記念館前駅だったりして」なんて話しながら行ったが、ほんとうにそうなのだった。
| 記念館本体は谷口吉郎設計で1967年に建った。端正で高雅。 庭には、茂吉が箱根で学んでいたころの勉強部屋も移築され、雨風から守る覆いもかけられている。 |
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庭のはずれまで歩いていってみると、小高い丘の端にでることになり、最上川同様に茂吉が愛着をもっていた蔵王の峰を望めた。
できれば米沢にも行きたいと思っていたが、朝がゆっくりだったので、この旅はここでおしまいにして帰った。
参考:
- 『ニッポン人には、日本が足りない』 藤ジニー 日本文芸社 2003
『日本のおもてなし心得帖』 藤ジニー 幻冬舎 2004 - 『反オブジェクト 建築を溶かし、砕く』 隈研吾 筑摩書房 2000
- 『箱の家 エコハウスをめざして』 難波和彦 NTT出版 2006
- 『歌集 白き山』 斎藤茂吉 短歌新聞社 2005
- 『新建築』の記事
2004.07 最上川ふるさと総合公園センターハウス(内藤廣)
2001.11 銀山温泉共同浴場「しろがね湯」(隈研吾)
2006.09 銀山温泉藤屋(隈研吾)
2002.07 朝日新聞山形ビル(妹島和世)













