12月第3週(2) 早朝の荒川で流れ星、夜は高崎で第9
■ 荒川の土手でふたご座流星群を見る
三大流星群というのがあって、1月のしぶんぎ座流星群、8月のペルセウス座流星群、12月のふたご座流星群だという。
今年のふたご座流星群は、14日夜から15日明け方にかけてがピークで、しかも今年は月明かりがない状態で見られるという。
うちのまわりは家が建ち、木があり、今の時期、枯れ枝とはいえ視界をさえぎるので、早朝4時半に荒川の土手に自転車で行った。
土手に上がるとさすがに視界が広い。
昼間なら左に富士山、右に赤城山などが見えるのだが、もちろん朝暗いうちでは山の姿はないし、河川敷が広いので、荒川の流れも見えない。
でも、ふだんうちの庭で眺めていては見ることができない水平線近くの星まで見えて、視界の広さにうれしくなる。
全天に星!
天頂よりやや南にふたご座がかかっている。
見上げているとすっと星が流れる。
待っていて、待ちくたびれないうちに、また星が流れる。
およそ15分いて、はっきり数えたのが12個。ほかに目のはしをかすめていったのが2つ3つあったようだ。
ふたご座より、西寄りの北斗七星のあたりを流れる星が多かった。
さあ帰ろうとまた自転車に乗ってこぎだすと、体がすっかり冷えていた。
土手に向かったときよりずっと寒く感じて、家までが長かった。
■ 群馬音楽センター 高崎第九合唱団第34回演奏会
| その日の夜、群馬音楽センターにベートーベンの第9を聴きに行った。今年、ここで井上房一郎とアントニン・レーモンドをめぐる旅のNHKテレビの放送のためのロケをするという珍しい経験をしたのだが、年のしめくくりに、まだ音楽センターでコンサートをきいたことがない妻と行った。 | ![]() |
群馬交響楽団をえがいた1955年公開の映画「ここに泉あり」では、第9でフィナーレを飾る筋書きが作られていた。
でも実際の収録では、群馬交響楽団には第9を演奏できる力はないと判断され、東京から楽団がきて演奏し、群馬の人たちは悔しい思いをしたのだった。
以後、それをバネに、群馬交響楽団は練習を重ねて演奏を実現したという思いのこもった曲で、いちど聴きたいと思っていた。
演奏会ではまず松浦幸雄・高崎市長があいさつ。市民が育てた楽団と合唱団が、市民の大きな寄付で建てた音楽センターで、強い思いのこもった曲を演奏するのだから、ここは当然市長があいさつされるところなのだろう。
1曲目のクリスマスキャロルメドレーは、「赤鼻のトナカイ」、「ジングルベル」など、なじみの曲にまじって、「O Holy Night」という曲があった。ゆったりと流れて胸に迫るような旋律で、帰ってから歌詞を調べてみた。
| Oh holy night! The stars are brightly shining It is the night of our dear Savior's birth! (聖なる夜!星は明るく輝く。 我らの救い主が生まれる夜だ!) |
2曲目にハレルヤコーラス。
休憩をはさんでいよいよベートーベンの交響曲第9番が演奏されたが、この曲の合唱部もまた星を歌っている。
荒川を歩いた詩人、尾崎喜八が、この曲の歌詞の日本語訳を最初にしていて、それはこんなふうだ。
| 捧げよ、諸人、人の誠を 父こそ、いませ、星空の下に。 仰げよ、同胞、けだかき父を。 ひとりの父を、星空の上に。 |
もともと僕にとっては、高崎は星に縁があるところだ。
井上房一郎の世話で高崎の少林山達磨寺に暮らしたブルーノ・タウトは星を愛した人だったが、その達磨寺の霊符堂では北斗星を神格化してまつっている。
タウトはその奇縁を喜び、
| 我が上なる燦たる星空、 我が裡なる道徳律 |
朝早く北斗七星の間を飛ぶ流星を眺め、夜にはタウトの北斗七星の絵のことを思い出させる街で第9を聴き、今日は星から星につながった日だと感じていたのだったが、「O Holy Night」と「第9」の歌詞まで思えば、星づくしの1日だった。
今年は総じて星に近づいた年だったともいえる。
少しずつ星座を読みとれるようになり、人工衛星が天頂を定速で過ぎていくのを眺め、ガリレオが望遠鏡で眺めた木星とその4つの衛星も見た。
今日はその1年のしめくくりにふさわしい日になったが、それとも僕の人生がもう天上に近づいているのかもしれない。(天上に迎えられるとすればだが..)

