二ツ岳・オンマ谷から徳富蘆花記念文学館


 1  二ツ岳・オンマ谷 

2月のオンマ谷:

軽い息抜きをしたくなって、家から遠くない伊香保に向かった。
かつて子どもが小さい頃に連れて行ったことがあり、歩行時間が短くて楽だった記憶がある二ツ岳を目指した。
「ヤセオネ峠」のバス停近くに車を置いた。
2月末で、車道にも、傾斜や日当たりや風の具合によって、ところによっては厚く、また、薄く、雪がかぶっている。
何か小さな動物の丸い足跡が残っている。動物が踏んで、いくらか雪が溶け、さらにそれが凍って固くなっているから、数日前のものかもしれない。ちょうど歩いて行く方向に向かって続いているので、一緒に散歩しているような気分になってきた。

道を下ると、広い林間にでて、「オンマ谷・風穴」の標識がある。
雄岳に上がる道を歩き始めるが、凍っていて、滑りやすく、普通のハイキング用の靴では危なそうで、諦める。
3月の二ツ岳:

雪道を歩いてから1か月後の3月下旬に、また二ツ岳を目指した。平地より気温が低いとしても、もう道が凍りついていることはなくて、二ツ岳まで上がれるだろうと思った。

9:30 ふたたび「オンマ谷・風穴」の駐車場
今日は、ここまで車で入る。
小さな橋を渡って、山道に入る。
きつつきの仲間の鳥が、木を叩いて掘る音が聞こえている。

10:00まず二ツ岳の1つの雄岳の山頂に上がる。
電気と放送の施設が建っている。壁に「GTV群馬テレビ」と大きく書いてある。
榛名富士や榛名湖が、まるでミニチュアのように見える。

谷底の道を歩いてみる。
平坦な道がゆるく左に曲がりながら続いている。左手の山の斜面には、大小の岩がゴロゴロ積み重なり、右手の山は、崖面がむきだしになっている。
二ツ岳と相馬山の間の谷で、地形図では三日月の形をしている。

案内板があって、このオンマ谷は、相馬山の山腹が噴火したときの爆裂火口と考えられているとある。 
語源については、2つ説があり、鎌倉時代の武士が、ここから道が急になるので馬をおいた「御馬谷」というのが1つ。
もう1つは、相馬山が硫気を含む火口で「総魔山」といわれてきたことから「御魔谷」。

10:30いったん下ってから登りかえし、雌岳山頂に上がる。
赤城山方面の展望が開ける。手前に円錐形にとがっているのは、前に行ったことがある水沢山。
( → [水沢山からハラミュージアムアーク・渋川市美術館 ] )
赤城の右手には、男体山をはじめとする日光連山。
左手には、小野子山あたりの近い山の向こうに、谷川岳など、上越の山々が、まだ雪を被って、白い、荘厳なスカイラインを描いている。
風がなくて穏やかで、日が射し、登り道でかいた汗がひいても寒くない。
遠くまで展望が開ける、高いところに立っている高度感が、低地の暮らしでたまった日常のわだかまりを解いてくれるようで、気持ちいい。

平坦な道が終わって、左寄りに、積み重なった岩の間に入っていく。
遊歩道が整備されていて、岩どうしが離れたところには、木の橋を架けてある。
でも雪が積もっているので、道がはっきりしない。雪が庇になって伸びているだけで宙に浮いているところを踏んだら、落ちてしまいそうなスリルがある。
それがおもしろい。
榛名山には何度も来ているのだが、こんな地形をしたところがあり、こんな遊歩道があるのを知らなかった。新発見の軽い驚きと、雪道のちょっとしたスリルがあって、楽しかった。


二ツ岳の周囲をグルっと回って元の地点に戻ることもできそうだが、かなり距離がありそうだし、雪の様子もわからないので、30分ほど歩いて、オリエンテーリングのUマークがあるところで、引き返した。 雄岳とは反対方向に下る。こんなに登ったろうかと思うくらいに、どんどん下っていくと、ひと月前に引き返したオリエンテーリングのUマークがある地点にでた。
そこからは見覚えのある道を戻ったのだが、雪は岩の窪みにわずかに残る程度だった。


11:30 「オンマ谷・風穴」の標識がある、広い林間に戻る。
右からの斜面が、やや平坦な(ゆるやかに起伏しているだけの)面に接するところに、いくつかの風穴が黒い空間をのぞかせている。
近づいて手をさしだすと、冷たい風が吹いている。




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