| 榛名山(掃部ケ岳)から竹久夢二伊香保記念館・榛名町歴史民俗資料館 |
| 4-2 | 屋上庭園 |
| 竹久夢二の恋歌集 「 山へよする」 には、’屋上庭園’と題する章がある。 10編の短歌をまとめてあるが、短歌そのものなかに屋上庭園という言葉はでてこないし、庭とか建物に関わるような情景も詠われていないので、このタイトルの理由はわからない。 まだ都会にビルが並ぶわけでもなく、都市緑化とか、環境問題とかが今ほど意識されてもいなかったろう時期に、こういう言葉をどこから思いついたのだろう。 屋上庭園という言葉で思い出すのは、ル・コルビュジェのいう近代建築の5原則−ピロティ、屋上庭園、自由な平面、自由な立面、水平連続窓−だ。 しかし、5原則がいわれたのは1926年のことだから、1919年刊の「山へよする」がル・コルビュジェからきていることはない。
茅葺き屋根の棟に草花をのせて風雨から守る、伝統的な「芝棟」は別として、近代では、朝倉文夫(1883−1964)が、住居を改造して朝倉彫塑塾を開いた際、屋上に植栽枡を設け、簡易な屋上緑化をしたのが日本の屋上庭園の最初らしい。 ただ、それも1935年のことだから、竹久夢二が関心をもつことは時代を先取りしているようで興味深い。 → [朝倉彫塑館] http://www.taitocity.net/taito/asakura/ |
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