三境山から富弘美術館+新館工事現場


 1  三境山 (さんきょうざん1088m)


三境山トンネル 0:00




桐生から国道122号線
を北に向かう。
この道は足尾を経て日光にでる道だが、ずっと手前、草木ダムの手前で右折し、ダムの上の道を走って対岸にわたる。
三境林道が桐生まで通じているが、途中のトンネル手前で路肩に駐車する。
桐生に向かって左手、北方向にある草むらが、登山口らしい。登山届けを置く台がある。

荒れた枯れ沢の道で、岩がゴロゴロしているし、木が倒れている。これで道はいいのだろうかと不安になるくらいだが、しだいにはっきりとした道になる。登山口近くがいちばん荒れていた。
カエルの声がずっと続いている。
ようやく「林道へ200m 三境山へ800m」の標識があらわれる。登山口を含め、ここまでまったく案内するものがなかったのに、しばらく奥に入ってから、しっかりした道しるべがある不思議。
ここから斜面を上がる。
(標識から少し上がったところで、斜面を水平に行く踏み跡があり、しばらく行ったが、やがて途切れた。引き返す。)
尾根にでて左へ折れる。
こんもりとした突起を上がる道になり、これが山頂かと思うと、まだ先があっって、いったん下る。木の間ごしに遠くの展望があり、建築物も見えるのだが、空気がかすんでいて、何か判然としない。

山頂 0:35


最後に、岩が混じる道をのぼって山頂に着いた。
たいした歩行時間ではないのに、途中で迷ったので、やれやれ、やっと着いたという感じになった。
二等三角点の標識と、小さな祠がある。
木に囲まれて展望はない。休憩して、同じ道を戻る。


登山口 1:05 (数字は経過時間。ただし、道に迷ったロスタイムを除く。)




■ 三境山(さんきょうざん)

名前からして、3つの国の境にあって、甲州、武州、信州の境にある甲武信岳(2460m)みたいに、何かしら際立ったところがある山なのかと思ったが、違った。
伝説では、大きな白蛇が暴れ回って人々を困らせていたが、三境坊という僧が桐生川にとじこめたというのが山名の由来であるという。
(福井の海岸では、逆に東尋坊という暴れ坊主がいて、海辺の酒宴で酔ったときに投げ込まれたところが東尋坊という地名になった。)
蛇が投げ込まれたところは、三境林道を桐生側に降りきったあたりの桐生川畔にあたり、『蛇留淵』という。

→東尋坊[ 高須山から金津創作の森・みくに龍翔館・中谷宇吉郎雪の科学館 ]


■ 十二時山

この日に歩いたのは渡良瀬川の左岸(東)の山だったが、星野富弘さんが毎日眺めているのは、右岸(富弘美術館がある側)の山で、こう書いている。

 私の家の前に見える山は、十二時山と呼ばれていた。渡良瀬川の白い河原から、いきなり立ちあがっている標高千メートルほどの山で、家のあたりからちょうど真南にそびえている。
 野良仕事をしていて、太陽がその山の一番高いところにくれば、
「十二時だ。そろそろ昼めしにするべえ。」
というところから名前がついたのだという。
(中略)
 山は東から西に屏風のように連なっていて、十二時山のてっぺんは、一段と高くなっている。時間の目印に、昔の人が土を盛りあげた・・・という話も聞いたことがある。しかし、中学生の時、初めて登った十二時山の頂上は、人間が積み上げたなどと言えるような小さなものではなかった。
 四月三日のひと月遅れのお節句に、十二時山のてっぺんに猫の額ほどの雪が残っていれば、その年は豊作だという。
  
(『花の誌画集 鈴の鳴る道』 星野富弘 偕成社 1986



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