| 観音山から高崎市美術館・高崎哲学堂・群馬音楽センター |
| 2 | 群馬音楽センター |
| 群馬県高崎市高松町28 tel.027−322−4527 http://www.city.takasaki.gunma.jp/soshiki/bunka-jigyoudan/center/c-index.htm |
| 第2次大戦が終わり、国内が荒廃している頃、井上房一郎は、人の心をすくい励ますために音楽が必要だと考えた。 群馬交響楽団を設立して、自身が理事長となって、困難な草創期を支える一方、音楽と、高崎名物の年一度の松竹大歌舞伎のための音楽ホールの設計をアントニン・レーモンドに委嘱した。 レーモンドは、城跡という環境には高い建物を建てるべきではないと考え、濠瑞の松よりも高さを抑えようと苦心し、扇形の11組の折版のコンクリートによる特徴ある音楽ホールを設計した。 (ただし、今では高層の高崎市役所をはじめ、これより高い建物が周囲にいくつもある。) |
| 建設にあたっては、市の予算のほかに、市民からの寄付を募った。市の年間予算が8億円、市民14万人という時代に、建設費3億3千万円のうちの1億円を寄付に頼った。 1961年に完成し、前庭の噴水近くに、「昭和三十六年ときの高崎市民之を建つ」という碑がおかれている。 市民が知らないうちに大きな建物ができてしまい、あまり使われる機会がないのに維持費はかさんで、ムダだと批判される不幸な文化施設が全国にある。 そのまったく対極を示す言葉を記した碑に感動してしまう。 市民の文化のためには市民の負担でするという考え方は、のちの高崎哲学堂の設立にあたっても生かされていった。 |
この建物は2000年にDOCOMOMO 20 選に選ばれた。 DOCOMOMO ( ドコモモ ) は「モダン・ムーブメントにかかわる建物と環境形成の記録調査及び保存のための国際組織 」で、1988年に結成された。 それぞれの国の近代建築の流れのなかで重要で、現在も使われているものを20選び出す作業が行われ、群馬音楽センターもその1つとして選ばれた。 DOCOMOMO 20については→[ 谷口吉郎+秩父セメント第2工場の夢 ] ロビーに、アントニン・レーモンド・ギャラリーを設けて、群馬音楽センターや旧井上邸の模型などを展示している。 → [ 榛名山(掃部ケ岳)から竹久夢二伊香保記念館・榛名町歴史民俗資料館 ] |
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