伊東豊雄とせんだいメディアテーク

 
1 せんだいメディアテークはこういうところ
2 せんだいメディアテークの印象
3 伊東豊雄 が長く追い求めてきたもの/
4 せんだいメディアテークの新しさ+今後の展望
5 せんだいメディアテーク 完成までの経過+コンセプト
6 伊東豊雄 の略歴
7 伊東豊雄 設計の museum に行く
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3 伊東豊雄が長く追い求めてきたもの

伊東豊雄は、自分が理想とする建築について、幾度も表現をかえて繰り返している。文章を読んでいると、次のような言葉に行き当たる。

「風に舞う一枚の布のように柔らかな」
「サーカス小屋のように仮設的な」
「虹のようにエフェメラルな」
「孵化過程の昆虫のように、それはみずみずしい透明感に溢れ、はっきりとした形態を持つであろうことを予感させ、期待させる未だ溶解している建築」
「蜃気楼のように存在感の稀薄な現象的建築 」
「ポップで軽い音楽のような建築」
「可能な限り薄い皮膜のような覆い」
「庭園や林、森、あるいは水の流れなど自然的なもの」
「波立つ水の中でものを見るときのように輪郭の揺らいでいる建築」
(*エフェメラル、エフェメール : はかない。短命。カゲロウ。

伊東豊雄は、ミース・ファン・デル・ローエの「建築は空間に翻訳された時代の意思である」という言葉を引用するのだが、ではそうしたはかないようなイメージの建築はどういう時代の意志を表している−と考えているのか、また現代の建築はどのようなものであるべきと考えているのか、いくつかの文章を引用してみる。

<建築>に固執しつつ、消費の都市空間や自然やエフェメールな現象のなかに<建築>を溶融し去ってしまいたいのだ。
(「エフェメールな<建築>の試み」 へるめす22号 1989)


建築の不変性、永遠性が人びとを建築に追随させ、人びとを家に縛りつけているのであり、ここから建築の権威性、示威性、排他性等々のエゴイズムがすべて生じているに違いないのです。ですからもし、この状態を逆転させて、人びとの行為を中心としてそれに常に追随するほどに柔軟な建築があり得たとすれば、それが人びとの身体にとって最も<心地良い>建築であるはずなのです。従ってここで言う<心地良さ>とは、単にファッショナブルな都市のフィーリングに適合させる安易な言葉などではなく、建築が<建築>として世のなかでまかり通っている事実への全面否定であり、最大の抗議声明のつもりなのです。
しかし果たしてそのような<状態>のみの建築が存在しうるのでしょうか。
(「ポスト・ポストモダニズムをめぐる問いに答える」 建築雑誌 1990.1月号)

薄い膜面は人間の皮膚のように外界に敏感に反応し、内と外との新たな関係をつくり出すようなスクリーンでありたいと考えていた。今日の建築は、″見る建築″から″感じる建築″へと移行しつつあると言ってよいであろう。厚ぼったい両棲類の皮膚をもった建築ではなく、研ぎ澄まされたセンサーを備えた臨界面を形成する皮膜に包まれた建築こそ、インテリジェントビルと呼ばれて然るべきであろう。
(「ガラスの界面」 建築文化 1990.10月号)

建築を凍れる音楽、と言ったのはゲーテだが、新しい建築に求められるのは、こうした都市のリズムやフィーリングである。そうしたリズムがわれわれの身体に無意識のうちに染み込んでいるとすれば、そのリズムを一瞬凍らせるのが今日の建築というものであろう。もはや建築は永遠のモニュメントなどではなく、ノイズで充満した都市の空気のなかに、あるフィルターをかけて視覚化し、固定する行為である。ポップで軽い音楽のような建築が求められているのである。
(「都市のノイズが新しい建築をつくる」 P&T 1991.7月号)

「Blur」とは、にじむ、ぼやける、かすむ、という意味である。したがって「Blurring Architecture」とは、「境界の曖昧な建築」ということになる。波立つ水の中でものを見るときのように輪郭の揺らいでいる建築を指す。
こちら側と向こう側を、裏と表を、内と外を、自己と他者を、対立的にはとらえないルーズで曖昧な境界をそなえた建築を思考することこそが、私には地球的視野で建築を開くことのように思われる。
(「境界思想の変換を 新しい公共施設を開くために」 新建築 2000.1月号 p119)


こうしてみてくると、せんだいメディアテークは、伊東豊雄が長く求めてきたものの1つの到達点だったのだと思われてくる。
藤森照信が、コンペで伊東案に決定したときの様子を書いている。

伊東案に決まり、磯崎委員長が発表したとき、伊東さんは、並みいる関係者の吐息と祝福にもかかわらず、発表前からのきつくこわばった表情を少しも崩さず、何か取りつかれたような目つきで宙空の一点を見つめ続けている。
建築家にとってコンペというものが、決してゲームではなく、昔の武芸者の決闘に近いやりとりであることを思い知らされた。勝者すら眼(まなこ)に狂気が宿っているのだ。
(藤森照信 「裸の建物」 新建築 2001.3月号)

コンペというもののの厳しさの他に、長く理想としてきた建築がようやく実現するかどうかの局面にいるという意識が、取りつかれたような目つきに表れていたのかと思われる。


工事中の伊東の文章には、
工事中にもかかわらず、「既に使用されている」かのように感じられる
(伊東豊雄 「建築をつくる Blurring Architecture 」 小林康夫・松浦寿輝編 「創造」 所収 東京大学出版会 2000)
というのがある。また完成後の評に、
人びとが使い始めた瞬間に、人びとの活動だけが浮かび上がってきた。
(妹島和世 「せんだいメディアテーク で感じたこと」 新建築 2001.3月号)
という文章があった。
まさに上記の引用にある、「人びとの行為を中心としてそれに常に追随するほどに柔軟な建築 」 「<状況のみの建築>」 であり、それがいくつも 「・・・のような」 と詩的表現を繰り返したイメージを伴って実現している。

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