| 伊東豊雄とせんだいメディアテーク |
| 1 せんだいメディアテークはこういうところ/ 2 せんだいメディアテークの印象/ 3 伊東豊雄 が長く追い求めてきたもの/ 4 せんだいメディアテークの新しさ+今後の展望/ 5 せんだいメディアテーク 完成までの経過+コンセプト/ 6 伊東豊雄 の略歴/ 7 伊東豊雄 設計の museum に行く/ / [ 蕃山から仙台のミュージアム ] に戻る / TOP / |
| 5 せんだいメディアテーク 完成までの経過+コンセプト |
| 借用期限の迫った仙台市民ギャラリーの新築、老朽化した仙台市民図書館の建て替え、機能拡充による映像メディアセンターや視聴覚障害者情報センターの組込みといった、それぞれ別な性格の4つの機能をもつ建築が必要とされた。 設計競技の実施にあたり、委員長に委嘱された磯崎新は3つの条件をだした。 1審査過程の公開 2審査員は専門家 3メディアテークという新しいプログラムを備えた建築の型を求める 応募登録は1261点、提出作品数は235点。1995年に実施されたコンペは、基本的な審議をライブで流し、その解説を建築家・石山修武がするという市民公開で行われた。 審査委員: 委員長 磯崎新(建築家) 副委員長 山口勝弘(神戸芸工大教授、メディアアート) 委員 月尾嘉男(東京大教授、情報・都市・建築論) 委員 藤森照信(東京大助教授、建築史) 委員 菅野 實(東北大助教授(当時)、建築計画) このコンペで伊東豊雄案が採用されたが、この段階では「メディアテークという新しいプログラムを備えた建築の型」であって、このあと、せんだいメディアテーク・プロジェクト検討委員会が発足し、地元の専門委員との連携、市民との協議を経て実際の建築案が作られていった。 委員長 菅野 實 副委員長 多木浩二(美術評論家) 委員 藤幡正樹(慶応大助教授) 委員 桂 英史(東京造形大助教授) 委員 鈴木敏恵(横浜建築研究所) コーディネーター 鈴木 明(建築・都市ワークショップ) 事務局 仙台市生涯学習課 専門委員: 澤井清(宮城学院大教授、図書館論) 新田秀樹(宮城教育大助教授、美術論) 小野田泰明(東北大助手(当時)、建築計画) その際、基本的な指針となったのは、次の3点であった。 1.最先端の精神を提供(サービス) 2.端末(ターミナル)ではなく節点(ノード)である 3.あらゆる障壁(バリア)から自由である 2001年に開館し、1/26-3/20まで、開館記念イベント「メッセージ/ことばの扉をひらく 展示1メッセージの博物誌 展示2記憶の扉」が、開催された。 |
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