伊東豊雄とせんだいメディアテーク

 
1 せんだいメディアテークはこういうところ
2 せんだいメディアテークの印象
3 伊東豊雄 が長く追い求めてきたもの
4 せんだいメディアテークの新しさ+今後の展望
5 せんだいメディアテーク 完成までの経過+コンセプト
6 伊東豊雄 の略歴
7 伊東豊雄 設計の museum に行く/
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7 伊東豊雄設計の museum に行く


八代市立博物館

熊本県八代市西松江城町12-35
  鹿児島本線八代駅市内・営業所方面行き「福祉センター前」徒歩5分
  八代I.Cから約6km
9-17
休館:月曜日(祝日の場合はその翌日)
    祝日の翌日(その日が日曜日のときは開館) 12-29-1/3
tel.0965-34-5555 fax.0965-33-9200 (インフォメーションファックス)
http://www.city.yatsushiro.kumamoto.jp/museum/hyousi.html


この建築の最初のイメージは<木立ちの間を散策し、徘徊しているような展示空間> をつくることであった。このイメージは恐らく、敷地のなかに高く伸びた樹木を見た印象と重なり合っているように思われる。南国の強い陽ざしが地表に大きな幾つもの影を刻んでいた。風が吹き抜けていく木陰をつくること、設計しながら絶えずそんなイメージが脳裡をかすめていた。
(伊東豊雄 「エフェメールな<建築>の試み」 へるめす22号 1989)




下諏訪町立諏訪湖博物館・赤彦記念館

長野県諏訪郡下諏訪町下諏訪10616‐111
  下諏訪駅徒歩20分
9-17
休館:火曜日 祝祭日の翌日
tel.0266-27-1627

冬の訪れを告げる朝もやが湖面に立ち込めるころ、早朝の湖面すれすれに水平の虹を見た記憶がある。地の人びとはこの虹のことを「水平虹」と呼んでいた。年に一度か二度、それも朝の一瞬にしか見られないこの自然現象は神々しくさえ思われたが、この建築の設計で敷地を訪れ、湖を眺めるたびに、いつもふと想い出されるのは湖面に長く尾をひくこの虹のことであった。あれほどに淡い現象的形態に建築を到達させたいという想いは、容易に消え去ることはないだろう。
(伊東豊雄 「湖に捧ぐ」 新建築 1993.7月号)

*こんな素敵な文章に水をさすようだけど、湖の対岸から眺めると、虹というより、銀色の鯨が岸に打ち上げられているようだった。





ギャラリー上田

神奈川県湯河原町宮上 773-109
   JR湯河原駅から車で10分
tel. 0465-62-0033

「シルバーハット」や「湯河原ギャラリーU」、「八代市立博物館」などの屋根を形成するヴォールトは、<薄く、軽やかに、風に揺れる布のように身体を包む建築>というわれわれにとっての八十年代のテーマにもっともフィットするものとしての発見であった
(伊東豊雄 「包まれる建築を超えて」 新建築 1993.4月号)

*伊東豊雄の設計歴に「湯河原ギャラリ−U」とあるもの。一度だけ行ったことがあるが、静かなところで、入口の前にある鉄の彫刻のかげで猫が昼寝していた。



参考:   http://www.asianart-net.com/galleries/gallery/ueda/



ミュージアムの設計について


たとえば博物館の場合には、展示のあり方を巡ってずいぶん苛立ちました。学芸員の執着する展示品に対する採光や空調の問題以前に、もの(展示)と人(鑑賞者)との間にいかなる関係があるべきかがなぜもっと議論されないのかと苛立ったのです。生き生きとしたものと人との関係を生み出すためにはもっと自由で楽しい展示の方法があるように思いました。しかしそのような提案をしようとすると、直ちにそんなことをして一体誰が掃除するのですかとか、もし盗難にでもあったら誰が責任をとるのですかといったプラグマティックな反論に会って、こちらは口をつぐむしかありませんでした。
(伊東豊雄 「単純明快さへの回帰」 新建築 1997.9月号)

一方、ふだんミュージアムを使っている者の側からは、建築家はミュージアムのことをわかっていない、使いにくい、配慮が足りないときくことがある。
諏訪湖博物館・赤彦記念館でも、台風で屋根が1枚剥がれたことがあるが、既製品ではないし、魚の背中のような屋根なので、修理が大変だったときいた。
建築家とミュージアムといえば相性がよさそうなものなのに、意外に不幸な関係が多そうである。
その意味でも、多くの議論のうえに成立した「せんだいメディアテーク」は、新しい公共建築の成立のしかたを示したといえるかもしれない。