蕃山から仙台のミュージアム

 
0 はじめのページ
1 蕃山/
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3 宮城県図書館
4 文系 :宮城県美術館 仙台文学館
5 理系 :仙台市科学館 斎藤報恩会自然史博物館 東北大学理学部自然史標本館
6 その他 (複合) :
  カメイ記念展示館 地底の森ミュージアム 仙台市博物館 赤門美術館/




1 蕃山


仙台駅−
陸前落合駅 0:00

朝6時を過ぎたばかりの仙山線に乗る。向かいの座席に中学校か、高校低学年くらいらしい女の子3人。ディズニーランドの紙袋をもっている。眠そう。夜行列車ででも帰ってきたのだろうか。
陸前落合駅の改札口は蕃山と反対側にある。跨線橋で蕃山側に戻り、川を渡る。
バイパスに突き当たって右に折れる。ガソリンスタンドの先の道を左に入ると、まもなくコースの案内板がある。

西風蕃山 1:00

明るい雑木林を行く。次にやや暗い杉林。道が、幾日か前に降った厚い雪に覆われているところがある。山道に入ると道標がよく整備されている。山頂まで0.07kmなんていうのまであって、西風蕃山の山頂に着く。
無線の鉄塔がある。展望はない。

高圧線鉄塔通過 1:10

尾根道を行く。ゆるい上下で、快適にとばす。
高圧線の鉄塔があり、展望がひらける。山の向こうに大きな観音が右向きに立っている。  鉄塔の下にいると、ジリジリという音が聞こえる。高圧電流は人体によくないとかいわれてもピンとこないが、こういう音がしてると、やっぱりよくなさそうに思える。

蕃山山頂 1:23


山頂に着くと、開山堂の裏にでる。
表に回ると太平洋が見える!
やや遠くに霞んでいるのだが、海が見えることを予想していなかったので、うれしくなる。川が蛇行して海に向かっている。手頃な日射しもあり、ベンチに座ってのんびりとお茶を飲みながら休憩した。
開山堂の解説板に書かれていることを要約すると−
常寂光塔(大梅寺奥院 蕃山開山堂)
大梅寺の開山は雲居禅師(うんごぜんし)−「ご」の濁点を消した跡がある−は、全国に173寺を開山した高僧。藩祖伊達政宗が瑞巌寺を創建し、開山を懇請したが固辞。
27年間待ち続けたまま亡くなった正宗の遺言に心を打たれ、遂に松島にきて瑞巌寺を開山、誠に報いた。
1650年、蕃山のふもとに大梅寺を建て、いつも寺から登ってきた。「熊や鹿がよく遊びにきてれた」という漢詩を残している。
1659年入滅、78歳。山頂にほうむられるが、遺命により墓石をたてなかった。
1700年4代藩主伊達綱村が、堂=常寂光塔を建てた。
現在の堂は1853年建立。
 
大梅寺2:05


山頂からゆるやかに下っていくと大梅寺にでる。
苔の石段に沿っておかしな顔をしたユーモラスな羅漢?石仏?地蔵?(区別がつかない)が並んでいる。
碁を打っているのもあって、碁盤には本物の白黒の石まで並んでいる。向こうの僧は、「えっ、用があって呼びに来たの?この一番だけやらせてくれよ」みたいな、哀れっぽい表情でこちらを見上げている。

「全体(ぜんてえ)坊主なんてえものは、高い石段の上に住んでやがって、屈托(くったく)がねえから、自然に口が達者になる訳ですかね。こんな小坊主迄中々口幅ってえ事を云いますぜ−おっと、もう少し頭(どたま)を寐かして−寐かすんだてえのに、−言う事を聴かなけりゃ、切るよ、いいか、血が出るぜ」
「痛いがな。そう無茶をしては」
「此位な辛抱が出来なくって坊主になれるもんか」
「坊主にはもうなっとるがな」
「まだ一人前(いちにんめえ)じゃねえ。−時にあの泰安さんは、どうして死んだっけな、御小僧さん」
「泰安さんは死にはせんがな」
「死なねえ?はてな。死んだ筈だが」
「泰安さんは、その後(のち)発憤して、陸前の大梅寺へ行って、修行三昧じゃ。今に智識になられよう。結構な事よ」
「何が結構だい。いくら坊主だって、夜逃をして結構な法はあるめえ。」
(夏目漱石「草枕」 筑摩書房版全集第2巻 1971 智識は名僧のこと

小学生の遠足が上がってくるのにすれ違って広い車道にでてバスに乗る。
市内に戻るバスはトンネルを抜けていくが、東北大学理学部標本館、赤門美術館はその上にある。

(経過時間には休憩時間を含みません。)

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