| 編笠山から八ヶ岳美術館
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| 八ヶ岳美術館 03 清水多嘉示の彫刻 清水多嘉示の彫刻を見に行くと、かなり暗い。午後遅い時間だが、外は明るく、逆光になってしまって、中に置かれた作品がよく見えない。窓からの光で彫刻の背中はよくみえる。もっと早い時間であれば、外からの光の量が多く、中も十分に明るかったろうから、微妙な時間に入館してしまったようだ。ゆっくり見ているうちに夕暮れが近づき、外がしだいに暗くなり、目も慣れてきて、だんだん見えてきた。 清水多嘉示の作品は、あちこちで1点2点と見たことがあるが、まとめて見たのは初めて。女性が座っているタイプの作品が、バランスがよく、生き生きとしていていいと思った。 清水多嘉示(しみずたかし)の略歴 1897 原村に生まれる 1916- 諏訪で美術教師をしながら絵をかく 1919 自作の油絵を持って中村彝を訪ねる その作品を二科展に初出品し入選 1923-1928 滞仏 ブールデル「アルヴェアル将軍記念像」を見て彫刻を志す 絵はセザンヌふうだったりマチスふうだったり 1928 帰国 帝国美術学校(現在の武蔵野美術大学)創設に参加、 助教授、後に教授 1969-1973 武蔵野美術学園園長 1978 原村へ作品を寄贈 1980 文化功労者 八ヶ岳美術館開館 1981 逝去 彫刻は1本の樹木のようなものです。樹木は土の中に根をはり上に幹がのびて枝をつけ、それに葉や花をつけています。彫刻の組立てもそれと同じことです。大地の上にいきいきとすくすくのびたすがたをつくりだすことが、その目的です。(中略) 生きいきと呼吸している樹木のようなものが感じられないものは彫刻とはいえません。 そこで、彫刻の鑑賞眼を養うには、どうしたらよいかといいますと、ふだんから現実の自然をぼんやりとみないで、ふかく見る訓練をすることです。そして1本の草からでも、それのもつ生命力を、つよく感ずる感受性を養ってゆくことです。 「彫刻はいかに鑑賞すべきか」より こういう文章が壁にかかっていた。山歩き+美術館と重ねることの1つの意義を根拠づけてくれるような文章だ。 ( [ このホームページを書いている人 ] 中の [ なぜ山を歩いて美術館に行くか ] を参照) 見ているうちに、夕暮れがどんどん迫っている。今夜はこのあたりに泊まるつもりだが、まだ宿を決めていない。すっかり暗くならないうちに宿を探したいのに、美術館の中を歩いているのが心地よく、出る決心がつかない。ちょっと暗い館内を、ちょっと不安を抱えながら、あちらの彫刻、こちらの彫刻と眺めては、天井のカーテンを見上げたり、窓から見える草の緑を味わったりする。この時間、この場所が、きっと忘れられない記憶になりそうな予感がする。 |
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