| 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ <雪景色>
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十日町情報館からほくほく線の高架をくぐって本町通り方向に向かうと、キナーレがある。 すっかり雪をかぶった前庭に、鮮やかな黄色い柱が立っているのは、 スティーヴン・アントナコス「3つの門のためのネオン」no.17 キナーレの前にはもう2つ作品がある。 星野健司「火を守る螺旋の蛇」no.15 広島の原爆の火をカイロに移して持ち帰ったものが、福岡県星野村で「平和の火」として守られ、燃えつづけている。その火がこの作品にも分けられて燃えている。 しっかり雪囲いをしてある。
もう1つの 郷晃「シルクの水脈」no.16 は、安山岩の彫刻で、むき出しで雪の上に現れていた。 ◇ ◇ ■ 越後妻有交流館キナーレ 原広司+アトリエ・ファイ建築研究所 no.3 http://202.218.98.169/ 「新建築」2003年8月号にキナーレが紹介されたが、原広司へのインタビュー記事は、「十日町ステージ越後妻有交流館キナーレ」にははじめは明確な用途がありませんでした。」という一節から始まっている。 どんな建築にしろ、何かしら必要があって始まるはずのものだから、これはどうしたことだろうと驚いてしまった。 トリエンナーレの十日町での中心の拠点を作ろうという考えがまずあって、しかしその拠点は、具体的にはどういう機能をもたせたらいいかを試行錯誤しながら進めていった−ということなのだろうと思う。 いきなりこういう文章から始めると、実態をよくみないままハコモノ批判にいってしまいかねない。 (この記事では、設計に住民参加の設計をすると建築家がすっかり振り回されかねないから、中庭に水をはる1点だけは堅持する覚悟であたったともまとめられている。文章からは、原広司が公共建築の設計にあたって住民が参加することそのものに否定的な意見をもっているように受け取れる。しかし、原広司は、このところ群馬県の「邑楽町役場庁舎等設計者選定住民参加型設計提案競技」や、「安中環境アートフォラム国際設計提案競技」で審査委員長をつとめるなど、積極的に関わっている。この記事の要約のしかたは、この点でも誤解を生じかねないのではないかと思う。 余談だが、安中では、まつだい雪国農耕文化村センターを設計したMVRDVのメンバーの1人、ヤコブ・ファン・ライスも審査員に加わっていた。 → 邑楽町 安中市) 越後の豪雪地帯に作るのにあたり、建築家は「現代建築として何が雪に対しての回答なのか」という問いを設定する。
その誘いにのるつもりもあって冬の十日町に来たのだが、時期を外してしまった。 屋根の上にはまったく雪がない。 市内を歩いていると、ポカポカするほどの、春がもうすぐそこ!という陽気で、冬の景観が回答だというのに、回答を見ることができなかったので、ここもまた次の冬のお楽しみということになってしまった。 42m角の水盤からは水が抜かれて、乾いた底がのぞいている。雪かきで落とされたらしい雪の小山がごろごろしている。
キナーレのカフェで昼食。 今朝、松之山温泉で朝湯に入ってきたのだが、ここでまた明石の湯に入る。 浴場の中が、いかにも原広司調の、きれいな壁面構成を見せていて、ホテルや旅館でよくあるようなありきたりのものではない。目を楽しませながら、湯につかる。 大広間や男女別の仮眠室もあるのだが、和室の個室を借り切って、家族だけでのんびりする。 昼食を食べたカフェの厨房は、明石の湯側にも開いている。こんどは明石の湯のほうから生ビールを注文する。 街のなかをちょっと歩いてきたし、風呂でもほかほかとゆっくり過ごしたし、そのあとの生ビールのうまかったこと!!!! こんなにおいしくビールを飲んだのは久しぶりだ。 ◇ ◇ キナーレをでて駅に向かう。 本町通りの交差点の角に立つスパゲティ屋さんの横桟の間から、 菱山裕子「空飛ぶ男」no.21 がのぞいている。 すっかり雪に埋もれた作品は数えないとして、3つのステージの建築を含め、26点の作品を見たことになる。 冬のことだからほとんど作品に近づけないと思ってきたことからすると、意外に多くの作品を見ることができた。家族といっしょだから、あまり離れて歩くようなこはなかったが、長靴をはいて、気合いをいれて歩けば、もうちょっといけそうだ。 逆に、雪のピークであれば、もっと少なくなってしまうかもしれない。 3つの建築の雪に対する様子がどんなか見るのが大きな楽しみだったのだが、今年は雪が少なかったようだし、3月にはいって、なおさら減ってきてもいた。またもっと雪が多い年の、多い時期に行ってみよう。 |
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