| 首里城 ( しゅりじょう) から 沖縄県立博物館
|
那覇市首里真和志町1丁目5番地 tel.098−884−3542 設計:原広司+アトリエ・ファイ建築研究所 1987 校地は、旧首里城に囲まれている。 龍潭池からは校舎の裏側を望めるし、園比屋武御嶽石門からはすぐ下った位置に校舎の一部が見えているし、何よりも守礼の門のすぐ手前に学校の門がある。 設計者、原広司は、 「守礼門」を引き立たせるネガティブな建築を建てなくてはならない」 といっている。 高さを抑えた、教室ごとに別棟になった赤瓦の小建築が連続している。 原広司は世界各地の集落を見て回って、建築の理念にとりいれている建築家だが、実作は、一見、近代的を通り越して、近未来的とさえ感じるようなのが多い。ここではストレートに地域性を現していて珍しい。
首里城には、第2次大戦中、地下に壕を掘って日本軍の司令部が置かれた。 北端は城西小学校の校庭の入口から入り、首里城の地下をくぐり、県立芸術大学研究所下の林の中にある南口まで、直線距離にして約390メートルの大きな壕だったという。 |
|
|TOP|このコースの初めに戻る|次へ→| |