今帰仁城 ( なきじんグスク) から 今帰仁村中央公民館・海洋博公園

 ■ 今帰仁村  
 1-1  □ 今帰仁城 (なきじんグスク)  


沖縄県国頭郡今帰仁村今泊1787
今帰仁城跡連絡所   tel.0980-56-4400

本部半島の北側、今泊(いまどまり)の海岸から1.5km離れた、標高100mほどの石灰岩丘陵にある。
沖縄本島を、三山といわれる3つの勢力、北山−中山−南山が支配していた頃、北山の拠点として14世紀に築城された。
1416年(または1422年説もある)、北山は中山の尚巴志(しょうはし)に攻撃され滅び、巴志の子が監守として城に入った。
1609年薩摩藩の軍が侵攻してきて建物が焼失。
さらに1665年には監守が首里に引き上げ廃城となった。
20世紀に調査・復元が行われ、2000年に世界遺産に登録された。 



駐車場に車を置く。小さなみやげもの屋があって、やしの実を割って中の果汁を飲めるのが500円だったか。
子どもが小さい頃にグアム島に行ったときに、やはりこんなのがあった。懐かしかったり、やはり南の国と感慨したり。

このグスクでは入場料を払って入る。
ほかに入っていく人が少なくて、受付の人が、そこで写真をとりましょうかといってくれる。一人で歩いていると、たくさんの写真をとったのに、自分が写ったのは1枚もないことがよくある。記念にとってもらいながら、これが今回唯一になるかもと思おながらとってもらった。(やはりそうなった。)
絶妙のタイミングでとってくれたので、後ろから近づいてきた人が背後霊みたいに写っていた。








グスクの全体を上空から撮影した航空写真は見ていたのだが、実際にそこに立って、自分の目の高さで眺めてみると、ずっと複雑だった。
正面の門から先が、石垣で9つの区域に分かれているのだが、そんな全体像は眺められない。高低差がある。樹木がある。それぞれの区域が不定形なので、方角が定かでなくなる。
ここを歩いている感覚は何だろうと思う。
公園でもない。聖地でもない。本土の城郭とも違う。荒れ地でもない。
乏しい旅の経験に限ったことだが、アジアのようでもなく、欧米のようでもない。
石垣は万里の長城を思い出せるが、長城には、グスクのような霊的な場という雰囲気はなかった。
ということは、1つ新しい感覚を経験したことになるといっていいかもしれない。

正面の門を入ってまっすぐ伸びる道は戦後に作られた道で、右手に元の道がある。その先は小さい、ミニチュアのような谷になっている。

いちばん奥まで進むと、その先は、ずっと深い本当の谷で、ダイナミックな眺めが展開していた。グスクの端の石垣から急斜面が落ちていて、その底を志慶真川が流れていていて、まもなく東シナ海に流れ込んでいる。



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