青木繁をめぐる旅


          2 福田たね

1885年 栃木県水橋村生まれ。>
日光にある五百城文哉の画塾入門。小杉国太郎(のち放菴)がいた。 十数名中女性は1人。
1903年 絵を学ぶため上京し、先に小杉が通っている不同舎に入門、青木繁と会う。
1904年 房州に青木らと行き、青木は「海の幸」制作。

1905年 青木の子、幸彦(後の福田蘭堂)を茨城県川島で出産。戸籍上は福田たねの父の子として届けられた。(たねの末弟ということになる)。その子はのちの 福田蘭堂であり、尺八奏者。人気のあったラジオ劇「笛吹き童子」の作曲者。

1907年 青木は福田家の支援で、福田家の縁者の家に滞在し、「わだつみのいろこの宮」を制作。呉服商の福田家は絵の衣裳の参考にするため布を提供したといわれ、また、その絵の中央に描かれている木は福田家の中庭の金木犀だといわれる。
青木は作品をもってし、その後2人は会うことはなかった。

1910年 結婚。子供も多く幸福な家庭だった。夫の仕事に伴い、 日光−大阪−大津−札幌−大津−札幌−北区西ケ原−水橋村(疎開)と転居。
1954年 夫の死。妙義にスケッチに訪れるなど、再び絵を描き始めた。
1968年 東京の自宅で死
。83歳。


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