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古峰原から鹿沼市立川上澄生美術館 |
古峰原(こぶがはら 散策コ−スの最高地点1378m) は日光の南、前日光といわれる一帯にある高原台地。ツツジや湿原の花の開く春から初夏がきれい。 鹿沼市立川上澄生美術館(かぬましりつかわかみすみおびじゅつかん)は、栃木県内で「へっぽこ先生」をしていた版画家・川上澄生の作品を展示している。
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登山口 0:00 |
鹿沼から古峰原行きのバスの終点のすぐ先に古峰神社が右手にあるが、車は2kmくらい先まで入れる。 古峰神社から先に行くと、やがて左に三枚石へ行く標識があるが、ここは健脚向きとかかれている。 さらに先には、右に分かれる道があり、地蔵岳という標識が置かれていて、日光の明智平に通じている。 2kmくらい進むと道がゲ−トで遮断されていて、右にかなり広い駐車余地がある。わずか手前に古峰原への案内標識があり、ここから登山道になる。 (ゲ−トの先は工事中で、古峰原まで車道が伸びそうである。) |
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へつり 0:10 |
沢に沿って行き、林道とぶつかるところにへつり地蔵がある。修験道の厳しさに耐えかねて逃げた人がここでつかまったという。 |
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左折 0:15 |
林道を行って少し先で左折し、橋を渡る。 ここからは何度か林道と交差しながら登っていく。 新しく作っている道を支えるコンクリ−ト壁があり、土砂の流れを止める、やはりコンクリ−トの堰があり、崖崩れを防ぐために斜面に絆創膏のように貼られた網状のコンクリ−トがある。それぞれの必要性がただ歩いている者には判断しかねるけれど、山を歩いていて、こう頻繁に人工物が現れるとうっとうしい。 |
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古峰原 0:40 ![]() |
古峰原に着くと眺めが開ける。湿原が広がっているが、夏の終わりに行ったので、ほとんど、ただの草原。花を楽しむには初夏がよさそう。あるいは春の新緑、秋の紅葉もよさそう。今はただ風が気持ちいい。 四阿、ベンチがある。 左手の道を三枚石に向かう。初めはなだらかな樹林の中の道。やがていくらかごつごつしたところもある道になる。古峰原までのような人工物がなく、のんびりと歩ける。 急なのぼりはないが、かなり長い距離を徐々に上がっていく。 |
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天狗の庭 1:12 |
途中に天狗の庭と名づけた標識がある。石がいくつか転がっている。 |
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三枚石 1:20 ![]() |
背の低い木々の間を歩いていくと三枚石に着く。どうしてこういう形の石がこうした形に積み上がっているのか、不思議。広い平らなところで、ベンチもあり、休憩にいい。 少し先に金剛水があると標識があって行ってみた。9月初めだったが、この日は水量が少なく、飲む気になれなかった。 |
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天狗の庭 1:25 古峰原 1:55 登山口 2:30 |
昼には早い時間だったので、古峰原まで戻り、巴の宿方向に入ったところにあるヒュッテの前のベンチで草原を眺めながら昼食にした。 来た道を戻る。 |
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古峯神社・古峯園 ![]() |
神社に参拝する。四角い建物に神社ふう屋根をはめ込んだような、変わったつくりをしている。 古峯園は池を中心にした回遊式の庭。背の高い松の木を真下から見上げたら、風に吹かれて幹ごとゆらりゆらりと揺れていた。 |
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*コ−スタイムは登山口からその地点までの経過時間。ただし、休憩時間を除く。 |
栃木県鹿沼市睦287−14 tel. 0289−62−8272 鹿沼市 ◇ ◇ 川上澄生(かわかみすみお 1895―1972年)は横浜生まれ。青山学院高等科在学中に木版画にひかれた。 1917年カナダに渡り、シアトル、アラスカを放浪。この頃働いた鮭缶工場の様子を描いた作品もある。 1921年帰国して栃木県立宇都宮中学校の英語教師となる(1942年まで)。 1945年北海道に疎開。アイヌも題材にする。 1948年宇都宮に戻り、宇都宮女子高校講師。 恩地考四郎と自画自刻自摺の創作版画を提唱し、『ゑげれすいろは』のような文明開化のころへの郷愁や、異国趣味の版画を彫った。 美術館は、文明開化の頃の洋風建築を模したつくりになっている。 棟方志功(1903−1975)は、川上澄生に影響されて版画を志したといわれる。 → [棟方志功をめぐる旅] ◇ ◇ *交通 鹿沼市内から古峰神社そばの古峰原バス停までは関東バスが運行。 1時間に1本か、ときには2時間あくが、古峰神社や古峯園を時間調節をかねて参拝・見学すれば、ただ待たずにすむ。 古峰原バス停から美術館までは、約28km、車で35分。 関東バス鹿沼営業所 : 0289−64−3161 古峯園:9−17時(4/1−11/15) 9−16時(11/16−3/31) 0289−74−2111 |
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