| カーレンベルク山からウィーンのミュージアムと建築
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| 1 | はじめの円筒/円塔 リングに囲まれた円環都市の円形建築 |
| 空港 / 愚者の塔 病理・解剖学博物館 / アウガルテンの高射砲塔 / "Haus Des Meeres" Vivarium Wien / ガソメーター / 美術史美術館のバベルの塔 |
| ■ 空港 成田から12時間ほどの飛行の果てにウィーン空港に近づくと、窓の下には長方形に区切られた畑が、緑色と茶色のさまざまな濃淡のパターンを描いてひろがっていた。 夕刻、空港に降りる。 すぐ近くに奇妙な形の塔が見えた。空港関連の建物か、そうでないのか、はっきりしないが、これからいくつもの円筒形の建築を見ることになる予告のようだった。 |
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| ■ 愚者の塔 病理・解剖学博物館 Der Narrenturm Pathologisch-Anatomisches Bundesmuseum 9区.Spitalgasse2,13.Hof,"Narrenturm" ウィーン大学 http://www.narrenturm.info/ Der Narrenturmの、Narrenはだます、からかう、ばかにするという意味の動詞。古語でNarrenhausは精神病院。turmは塔。 病をもった人体の、実物や、蝋や石膏で再現した模型(ムラージュ)が展示されている。 42000の、主として人間のだが、一部、動物も含む標本。もとは1796年ウィーンの一般総合病院の病理解剖室に設立されたもので、1971年に愚者の塔に移転した。 愚者の塔はウィーン大学内の入院施設。 1784年、ヨーゼフ2世期に、ヨーゼフ・フォン・クヴァーリンJoseph von Quarin の設計でできた。 真上から見るとすれば、進入禁止の標識のように、輪のなかに1本の横線が通っている。(進入禁止のように途切れていなくて、両端が輪につながっている。) 円形であることには、安全性、合理的な分類という必要のほかに、汚物まみれになった患者の悪臭を上に逃がす煙突の効果もあったという。 このころフランスの建築家たちが新しい形態の模索に熱心で、円形のプランがいくつか作られている。 エチエンヌ・ルイ・ブレ アイザック・ニュートン記念碑 1784 B・プワイエ 円形の病院 1786 ルドゥ 円形の製塩都市ショウ 1755 J・F・ヌフォルジュ 円形の監獄 1780 愚者の塔は6階建て。 各階ごとに28の小部屋があり、各室に患者2人が収容された。その様子を再現した(と思われる)部屋も1室つくってあった。ドアの、のぞき窓から覗くと、中央の通路の左右に2枚のマットが敷かれている。 1869年には、拘禁を要する精神病患者のための施設となり、続いて看護婦寮になり、1900年には取り壊し計画が起きたが延期され、1971年から現状の使われ方をしている。
病理標本は、見て気持ちのいいものではないものばかりで、詳細にどんなものがあると列挙はしないが、よくもこれほどいろんな様相に至る病いがあるものだと感嘆するほど。しかもこれで人類の病いのすべてではないだろう。 病いの標本ばかりでなく、治療のための道具なども展示してある。 昔の歯医者の治療椅子なんてものも置いてあって、鉄材をむきだしに組み合わせた、ほとんど拷問台のよう。 でも、うわぁ、うわぁと思いながら気持ちが高ぶっている。こんなのやだとか、見たくないと思いつつ、どこかで面白がっている。 ウィーンを訪れたころ、日本では、東京国際フォーラムで「人体の不思議展」というのを開催中だった。プラストミックという技術をつかって処理をした人体標本で、化学合成物質のような衛生的な感じがあり、こちらは皮膚感覚を刺激されて、むずむずしてくるような感じがない。 それにしても、こういうものに、混雑するほど人が集まる。 目黒には寄生虫館がある。ここは混雑するほどではないが、ひそかな人気地になっている。気味悪いものみたさというのは、けっこうあるみたいだ。 ウィーン大学では、ほかにはまっとうな建築がいくつも連なっている。そのなかにあって、雑草や石ころの空き地に立つ、れんがを積み重ねた塔に、病理標本を収める。誰がこういうことを発想したのだろう。 週に3日だけ、それも短い時間だけの開館だが、年間20000人ほどの観覧者があり、ミュージアム・ショップもある。 |
| ■ アウガルテンの高射砲塔 Augarten Flakturm 市街から路面電車に乗ってドナウ運河を北に渡る。 「第三の男」で知られるプラーターの大観覧車の北西に、アウガルテンの磁器工場で有名な(といっても、実はウィーンにいくまで知らなかった)広い公園がある。 その公園の中に、第2次世界大戦の軍事施設が残っている。 ドイツ人のFriedrich Tamms(フリードリッヒ・タムス)設計。 Flakが高射砲、turmが塔。シェルターとしての機能もあったらしい。
コンクリートのひたすらなかたまり。 鳥が高いところにとまろうとして、はばたきながら近づく。見上げて鳥の動きを目で追っていると、はるかな逆高度感に圧倒される。 最上部の一部が崩れかけているほどで危険なため、間近には近寄れない。 このあと、いくつものミュージアムが集中しているミュージアム・クォーターに行って、[建築ミュージアム]で、上部から撮影した写真を見た。 大きな円の中に小さな円4つが穴状にあり、1つずつに対空砲が設置してある。兵士がひそみ、近づく爆撃機を狙い撃つ。 ウィーン市内には、同種の遺物が4か所ある。 2区アウガルテンに2基、3区アーレンベルク公園 (Arenbergpark) に2基、6区エスタルハーズィー公園 (Esterházypark) と7区シュティフト兵舎 (Stiftkaserne) に各1基ずつ。 6区エスタルハーズィー公園のものは、円筒形ではないのだが、これも誰が発想したのかと驚くのだが、水族館になっている。 |
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◇ ◇ □ "Haus Des Meeres" Vivarium Wien Esterhazypark 6区エスタルハーズィー公園 http://www.haus-des-meeres.at/ Haus Des Meeresは、直訳すれば「海の家」。日本語の案内書に「ウィーン水族館」と表記しているのもあったが、陸生動物も少なからずいるし、Vivariumの定義は(自然の状態を保つようにした)動物飼養場, 植物栽培場のことだから、訳すのが難しい。「海の家・ウィーン生命館」くらいの感じだろうか。 [建築ミュージアム]を見たあと、Museums Quartier駅から地下鉄U3で1駅目、Neubaugasse駅で降りると、いきなりにぎやかな雑踏で驚く。 シュテファン寺院あたりの混雑と、ちょっと印象が違う。日常的、生活的な感じがする。歩いてる人の速度が違う。ずっと速い。中央部は、観光客や、よそゆきの人たちが多いのだろうと思い至った。 地下鉄の進行方向からすると左手に少し戻ると小さな公園があり、その中に目的の物体があった。 こちらは円筒ではないのだが、住宅地のなかにあった、異様な存在感がある。 コンクリートの巨大な塊で、上部にはミッキーマウスの耳みたいな突起がある。 60ほど年前の軍事施設なのだが、公園では木々の緑の葉の下で、親子連れが遊んでいる。年月の経過とか、平和のありがたみとかを思う。 壁面は、岩登りの練習場になっていて、何人かとりついている。 垂直な壁を上がるにしても、軍事要塞をよじ登るのだから、戦闘とか、レジスタンスとか、いくらか英雄的な気分になって、恐怖がいくらかやわらぐ効果があるものか、聞いてみたい気がする。 ◇ ◇ 公園の反対側に回ると、こちら側には、ホームレスらしき孤独な印象の人たちがベンチや地面に座り込んでいる。 入口を入る。 狭い、窮屈な感じではあるけれど、ガラスのむこうに魚が泳いでたりする、ふつうの水族館みたいにつくられている。 黄色と、白の、太い蛇が、からみあうようにとぐろを巻いてじっとしているのに驚かされる。 カメレオンが枝の先までゆっくり上がってきて、静止する。こちらがカメラを構えて右に左に動いても、目玉が動かない。威厳ある様子にうたれる。 コンクリートの建造物としては大きな物体だが、平面はそう大きなものではないので、各階の展示物は少ない。かえって疲労感がなく見ていけるという利点もある。 内部は改築されて、軍事施設だったことを思わせるものはない。 1つだけ、上の階に上がっていく階段のコンクリートが黒ずんでいて、すり減っている感じだった。もしかすると、軍靴をはいた兵士がここを堅い足音を響かせながら上がり降りしたかもしれない-と想像してみる。 3階か4階だったかで、屋外に出る。 といっても完全な外ではもちろんなく、着いたときに外に三角形のガラス窓が突き出しているのが見えた部分になる。 熱帯ふうの木々が茂り、温度も湿度も高い。鳥がとびかい、鳴き声がにぎやかに満ちている。 岩が組まれ、小さな滝が流れ落ちる。おそろしく無機的な塊の中にあるので、小規模でも意外感があり、ちょっとしたディズニーランド的に楽しい。 階段に、リスに似た、小さな、かわいらしい生物が、ひょっと顔をのぞかせ、こちらに気がついて、階段の下に隠れた。そこをのぞきこむと、こちらを見ている目とあってしまった。 ◇ ◇ |
Haus Des Meeresでは、軍事施設を転用して生命の多様さ、生命がとる形態の美しさを見せる施設にしている。志が高いというか、皮肉がきいているというか。ウィーンの人の受け取りようはどうなのだろう。 最上階には、小さな教室のような部屋があり、5,6歳くらいらしい子どもたちが集まっていて、ワークショップが行われていた。こうした取り組みや、中の展示や、案内書を見ても、いわくつきの建物を使って集客を狙うようなキワモノなどではなくて、まっとうに設立され、まっとうに運営されているらしい。 オーストリアがナチスとともに戦っていた時代の遺産が、市内各所に点在し、1つはこのように使われている。 ウィーンには、音楽の都とか、古く美しい街並みとかのイメージがあるので、こうしたナチス期の異物はトゲが刺さっているような感覚だろうかと思っていた。でも戦後の歴史や社会状況についての本などをみると、オーストリアでは、ナチス期は必ずしも否定すべきものではなく、今でも肯定的にとらえる見方がむしろ大勢であるらしい。 パリはナチスに占領されたけれど、ウィーンはヒトラーを歓呼して迎えた。記録写真にも残り、チャップリンの『独裁者』にもあるとおりで、その後も第2次大戦をナチスとともに戦った。 戦後、ナチスの非人間的な行為に対して、ドイツは徹底的な反省をする一方で、オーストリアはあいまいなままで、ワルトハイムのように、元ナチスの軍隊にいた人物が大統領に選ばれさえする。 堅固なコンクリートの塊なので簡単に壊せないという物理的理由もあるとしても、ウィーン市民にとって、これらの異物は、できれば見ないでおきたい、忌避すべきものではなくて、ごく当たり前にあるものなのかもしれない。 "Haus Des Meeres" も、「ナチスとの協同に対する反省のうえに、軍事施設の用途を180度転換して平和利用している」のか、「もとから自分たちを守るべきものとしてあった、いわば馴染みのある施設を、時代の変化に応じて用途をかえてみた」だけなのか。 旅行者にはどちらとも判断しかねる。 |
| ■ ガソメーター Gasometer http://www.gasometer.net/
U3でウィーン中央駅から南東に4つ目にGasometer駅がある。 駅をでると、すぐ前にれんがを積み上げた円筒が迫っている。 『地球の歩き方』では、たんに[ショッピング]の項目に、店の1つとして紹介されているが、建築関係ではかなりの注目作。 このうちの1つはジャン・ヌベル設計。 2003年に来日したとき、工学院大学新宿校舎で講演会があった。大きなスクリーンに、ガソメーターを上から見下ろした画像が映しだされて、おお!という感じだった。そのときはウィーンにあるものということを意識してなかったのだが、ガイドブックで発見して、ぜひ行ってみようと思ってきた。 全部で4個の円筒がある。 直径65m、高さ72.5m×4。 外の円筒壁を残し、内側に増築している。 駅から近い順に、A、B、C、D棟としてあり、4棟は空中通路で連続している。 もとは1896年、Franz Kapaun(フランツ・カパウン)設計でガスタンクとして建てられた。 2001年の増改築は、 A棟:Jean Nouvel(ジャン・ヌーベル)(フランス) B棟:Coop Himmelblau (コープ・ヒンメルブラウ)(オーストリア) C棟:Manfred Wehdorn(マンフレド・ヴェドルン)(オーストリア) D棟:Wilhelm Holzbauer(ヴィルヘルム・ホルツバウア) 駅に近い、A棟がジャン・ヌベル。 中は、下数階が商業施設。上方の階が住居になっている。 商業施設は、飲食、衣料、スポーツ用品、ファーストフードなどの複合で、日本のその種の施設とほとんどかわりがない。 見上げると、網状の覆いが見え、そこから透かして住居部分の内側が見えている。ただ、窓が連続しているだけで、どこがジャン・ヌベル的かわからない。
ここのホームページを見ていて、Ginza Running Sushiという店があって、気になった。回転寿司のことだとすると、revolving sushiとか、conveyor belt sushiというのが一般的らしいが、この店ではどんなふうに走っているのか、ちょっとのぞいてみようと思ったのだが、うっかり見ないまま戻ってしまった。 あと考えられるのは、「いきのいい寿司」のことだとか。 まさか「活き作り」ではないだろう。 このあと、1930年代の共同住宅、カール・マルクス・ホフを見に行った。 やはり[建築ミュージアム]に、その資料があり、「running waterはあるが、bathとshowerは共同のきりなかった」という説明があった。このrunning waterは水道のことで、部屋で炊事はできたが、風呂には入れなかったということになる。 |
| ■ 美術史美術館のバベルの塔 Kunsthistorisches Museum Wien http://www.khm.at/ これらの円筒/円塔を見たあと、美術史美術館に行った。 名品が数々あり、この美術館が、ウィーンに行こうとした最大の動機の1つ。 「あの有名な」という作品がいくつもあるなかで、ブリューゲル(1526頃-1569)の作品は大きな1室を占めるほどのコレクションがある。 ルドルフ2世がブリューゲルの熱狂的なファンで、集めたという。 ボヘミア国王としてプラハの城に「驚異博物館」と呼ばれる奇抜なコレクションをし、晩年は王権を奪われ、城内に幽閉されて死んだという、特異な人。 動物や野菜で構成した、おかしく不気味な人物像で知られるアルチンボルド(1527-1593)を寵愛したというのも、なんとなし、いかにもという感じがする。もちろんその作品も展示されている。 で、ブリューゲル作品の部屋で「バベルの塔」にしばらく見とれる。 ブリューゲルがあることは承知してきたのだが、「バベルの塔」は意識していなかった。それぞれに独自な歴史を経てきた実物の円筒を眺めてきて、ここでまた円筒にであうとは思っていなかった。 工事途中の壮大な塔の建築現場が精細に描かれている。 建設途中の建築物が完成を予感させるようではなく、すでに一部で崩壊が始まっていて、不安な様相になっている。 いくつか円筒を見てきたあとでは、いかにもこの作品はウィーンの美術館にあるのがふさわしいように思えてくる。 たっぷりと見終えて正面出口を出る。地面からは数段上の階段に立って、さてと見回して驚いたのは、また左手遠くに円筒が見えている。方向からすると4か所ある高射砲塔の1つ、7区シュティフト兵舎 (Stiftkaserne) のものらしい。 ◇ ◇ 多くの地域で原初の住まいは円形だったらしい。 やがて木と紙で造る日本建築は四角が基本になり、円形は珍しい。円にしたいときは6角や8角で代用した。 欧州では円形の建築じたいは競技場や、城や宮殿の塔など、珍しくない。それにしてもウィーンの円形建築は特異なものがあっておもしろい。 |
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